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自分基準が自分を救う、こともある

近所の公園にとてもきれいな花が咲いていました。

なんて名前の花でしょう?菊っぽいけど・・・?

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こう毎日暑いと、白い花のすがすがしさに心惹かれます。

暑さに負けず、訪れる人の目を楽しませてくれる花々に感謝。




昨日、母から電話で、父の膀胱がんがまたしても再発してることを聞きました。

なのでまた手術をするらしいのだけれど・・・手術だけでも3回目?!

ほんと膀胱がんてしつこいです。

(過去記事→膀胱がんってしつこい:再発はいつまで続くのか

今回見つかった腫瘍は、前回切除したものよりも膀胱の壁にめり込んでいるので、前よりもっと深く切り取るそうです。

これでもし治らなかったら、次はいよいよ膀胱全摘になります。

そうなったらバルーンの装着が必須・・・果たしてプライドの高い父がバルーンをぶら下げる生活を受け入れられるのか、そして「かわいそうな私」症候群な母がそんな父を支えられるのか・・・今から頭が痛いです(汗。

まぁ次の手術で全部取れる可能性もないわけじゃないですし、希望は捨てないことにいたしましょう。


歴史は繰り返す→わが家の夏は色々ある季節?


父の手術は来月上旬に行われます。

私も多分可能な限り病院に通う日々となるでしょう。

そういえば去年の夏も同じでした。

去年は7月下旬に胆石の手術のため入院中だった義母が、手術を終えた夜にくも膜下出血を起こしたのです。

その後義母の入院生活は2ヵ月半に及び・・・そんな経験があるものだから、父の再々手術の話を聞いた時、私が最初に考えたのが、

夏休みに手術するのはやめようよ

でした汗。

いやほんと、次男が夏休み中だと動きにくいんですー。

夏休み中もデイサービス使ったりはしてるけど、最大4時間だし、その間に病院行って帰って晩ご飯の準備して・・・ですもん。

夏休み中も週に数件くらいは仕事もしてましたしね(私は訪問ヘルパーです)。

次男のいない合間を縫って仕事行って病院行って・・・な生活は肉体的にも精神的にもかなりきつかったです。


そして思い出す去年自分が抱えたモヤモヤ


2ヵ月半の義母の入院は私の生活だけではなく、気持ちにも影響を及ぼしました。

義母がくも膜下出血を起こし、緊急手術をすることになったのは夜中。

手術には身内の許可と待機が必要なので、うちの配偶者が病院に向かいました。

翌日次男を学校に送り出してから私も病院に行き、それから2週間ほど、次男がいない時間は全て病院で過ごしました、義母の容態がいつどうなるかわからなかったためです。

うちの配偶者には、福岡に住んでいる義兄夫婦(子どもなし)がいます。

その義兄も休みを取って最初の1週間は実家に戻り、病院に通っていました。

容態が落ち着いた後も義兄は業務の合間のほんと少しの時間でも病院に寄って義母の様子を見に来ていました。

そんな義兄を見て、私の心に芽生えたモヤモヤ。

私が病院に通っているのは配偶者の代理みたいなもの、だって配偶者の有給は有限だし、この先も何があるかわからない。

正直暑い盛りの病院通いは体力的にきついけど、誰も代わってくれる人いないし・・・とここまでは思って

義姉は何しとんねん!

と言う気持ちに辿り着く。

いまどき長男の嫁がどーこーとは思わない。

だけど同じ嫁と言う立場であることは事実。

なのに義姉は全然病院に来ない。

同じ嫁であるにも関わらず、この待遇?の差はなんやねん!という、それまで配偶者家の嫁としてくすぶっていた思いが爆発した瞬間でありました。


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その不公平感は正当?いやいや実はただの嫉妬


思えば配偶者家の嫁となって二十数年。

今はともかく、義父が生きていた頃の私は相当な不満の塊でございました。

義父は常時酔っ払って、大声でよくわからないことを言うだけでなく、私の長男を溺愛し「○○は俺の孫なんだから俺の好きにしていい」などなど私の血管がぶち切れる発言の数々を残した人です。

でも近所に住んでるし、孫の顔も定期的に見せなきゃだし、かなり親密な交際を続けました。

義兄夫婦はどうでしょう?

義兄夫婦も義父の言動は受け入れられないようで、結婚以来ずーっと疎遠でした。

義父のお葬式の時も義兄は3日ほど実家に滞在したものの、義姉はホテルに1泊し、お葬式が終わると即帰宅しました。

私は「あの」お義父さんも延々我慢してきた。

そして今お義母さんが入院中、汗だらだらかきながら次男を人に預けてまで病院に通っている。

仕事だって休んだ、上司に嫌味も言われた。

なのに子供もいない、仕事もしてない義姉は何故なにもしないのか?

何故義姉だけそれが許されるのか??

・・・そこまで思ってはっとしました。

私は、義母のため病院に通うのが嫌なの?

いや、そうじゃない。

きっと「義姉は何もしてないのに自分がしている」のが嫌なだけ。

今までの経緯も含めて、義姉は得をしてて自分は損してると感じているから嫌なんだ、と気づきました。


自分基準で考えると不公平感は消えていく


例えば義姉が自分と同じように毎日義母に付き添っていたら、自分はもう病院に行かない?

いや、多分今までと変わらず行くと思う。

だって義母は配偶者にとって大切なお母さんだし、私の子供たちにとっては大事なおばあちゃんだから。

なら、義姉がどうだろうと関係なくない?

そう思った時、気持ちが一気に楽になりました。

義姉が、自分から見て「楽をしている」としても、それで自分がやることが変わるわけじゃない。

それに、実際に義姉が楽してるかどうかもわからないし、義姉だって色々事情があるのかもしれない。

義姉は義姉、自分は自分。

自分がやりたいと思ったことを自分に無理のない範囲でやればいい。

それ以上のことはどれだけ求められてもやらない。

そうしてやっと、容態が安定し、お医者さんにも「もう大丈夫ですよ」と言われた義母に、私は言えました。

「明日は少し家のことがしたいので、次は明後日に来ますね」

開頭手術の名残で半分そりあげた頭に痛々しい縫い跡がついて義母は言いました。

「うんうん、無理だけはせんとってね」

そんなお義母さんだから私は毎日病院に来てるんだ、来たいと思うんだ。

自分ができることはする、でも無理はしない、そんなことは誰も望んでいないから。

誰がどうとかじゃなくて、自分はどうしたいかを基準にする。

それが自分を楽にするとても有効な方法だと私は気づいたのでした。




生活していると、自分より恵まれてるーと感じる人に出会うことがたびたびあります。

羨ましい気持ちはいつの間にか嫉妬めいた感情に変わりがちだけれど、それは結局自分を追い詰めるだけで、誰も得しないんですよね。

誰かが恵まれてるから自分が恵まれなくなるわけじゃない。

誰かが幸せだから自分が不幸になるわけじゃない。

人は人、自分は自分。

いつでも「自分はどうしたいか」を胸にしっかり抱えていれば、人がどうだろうと幸せでいられるんじゃないかな。

これからまた父の病院の付き添い生活が続くと思いますが、「自分のやりたいことをする、無理はしない」をモットーに、後悔しない夏にしたと思います。


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コメント

No title

良いことも悪いことも自分に返ってくるということ、それが因果応報。
自分が行動したこと、口にしたことは、巡り巡って自分のもとに返ってくる法則です。

「自分が相手にしていること」は、同時に「自分が自分にしていること」なので、身の回りで起こる出来事、良いこと、悪いこと、うれしいこと、悲しいことでも自分に原因があると思います。

人を助けると助けられ、人を傷つける人は、自分が傷つきます。
良いことも悪いことも決めているのは自分自身です。
今のうちにできるだけ「善いこと」を実行した方がよい結果につながるでしょう。

Re: No title

コメントありがとうございます!

> 良いことも悪いことも自分に返ってくるということ、それが因果応報。

おっしゃる通りだと私も思います。
全ては自分の責任、そう思えば、もし辛いことがあっても、誰のせいにすることなく受け入れることが出来るかもしれませんね。

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プロフィール

みけこ#

Author:みけこ#
兵庫在住のアラフォー主婦です。家族は配偶者&大学生の長男とダウン症+重度知的障害の高校生の次男、猫2匹。仕事は介護職です。シンプルライフに憧れてます。よろしくお願いします。

■ホームヘルパー2級
■アロマテラピー検定1級
■FP技能士3級

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