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どこからが、どこまでが「自力」?

うっとうしいお天気が続いていますね。

私在住地域は雨は降っていないものの、朝から蒸し暑く、少し動くだけで汗がにじみます。

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さて、うちの次男は特別支援学校にスクールバスで通っています。

スクールバスは決められたバス停で決められた時間にしか乗り降りできず、次男が利用しているバス停には他にも3人のお友達がいます。

そのお友達の一人が今朝は少し遅れてやってきました。

バスは決められた時間まではバス停で待機するものの、時間を過ぎたらまだ来てない子がいても発車します。

今朝、その子が来た時も、既に時間を過ぎていたのでバスは走行を始めていました。

走り出してはいたものの、遅れてやって来たその子の姿が見えたのでしょうね、朝で混雑している国道にも関わらず、バスは急停車してその子を乗せました。

こういう光景を目にするのは私は2回目です。

その度、バス停でもない場所で急停車したバスに後ろから車が衝突したりなどの事故が起こったら・・・と思うとハラハラします。

少し遅れたくらいなら無理をしてでも乗せてあげたいという気持ちになるのもわかります。

だけど、その気持ちのために、既に車内にいる子供達を危険にさらしてもいいのでしょうか。

今日遅れて来た子は遅刻・欠席の多い子で、でも中学までは地元の学校に一人で通っていたし、特別支援学校に入学してからもスクールバスのバス停までは一人で通っています(子供だけで登下校することを「自力通学」と言います)。

自力通学=一人で安全に誰にも迷惑をかけることなく決められた時間までにバス停に行ける、が前提ではないのでしょうか。

決められた時間までに決められた場所に行くことが出来ないなら、出来るようになるまで保護者が送り迎えする等の対応が必要なのではないでしょうか。


*********


似たような思いを、あるバスの路線に乗っている時にもよく感じます。

そのバスはある障害者用施設を経路に含みます。

朝の特定の時間にそのバスに乗ると、うちの次男と同様知的障害があるのであろう人たちとよく一緒になります。

彼らも「自力通勤」のようで、保護者が付き添うことはなく、一人でバスを乗り降りします。

だけど、並んでいる人を押しのけてバスに先に乗ったり、乗ってからも大きな声で歌やCMのセリフを叫んだり、手すりに頭をごんごんぶつけ続けたり・・・。

自分も障害者の親ですが、いや、だからこそ、彼らの言動には首をかしげざるをえません。

他の乗客も彼らの言動には気づいているはずなのに、一様に固まったような表情で一言も言葉を発しません。

なんというか、「あきらかに障害のある人だから何も言えない」と顔に書いてあるような。

そういうのってどうなんでしょうね。

やはり一般(?)の人にとって障害者と言うのは「何をされても我慢するしかない存在」なのでしょうか。

そんなことはないと私は思います。

障害があろうとなかろうと、あかんもんはあかんやろ、と。

障害者を注意したら障害者差別だと逆に非難されると思ってしまうのでしょうか。

そういう経緯が今までの世の中にはあったのでしょうか。

もしそうだとしたら、なんだかすごく申し訳ない気持ちになります。

確かに障害者の親の中には自分の子が人様に迷惑をかけても、「うちの子は障害があるんだから仕方ないでしょ」と言わんばかりの態度を取る人もいます。

だけど、「子供を小学校に通わせている親の全てが給食費を払えるのに払わない」わけでも、「生活保護を受給している人の全てが不正受給」なわけではないのと同様に、全ての障害者の親が子供が人に迷惑をかけた時障害を理由に開き直るわけではありません。

むしろ今は、そのように「障害を理由に世間に言い訳する」のは子供自身を生きにくくしてしまう、だから障害があろうがなかろうがダメなことはダメ、と教え続け、社会ルールを守る努力を親も子供もしていく方向になって来ていると思います。



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「自力」が=一人で安全に誰にも迷惑をかけることなく決められた時間までに目的地に行ける、とするならば、そして、それが場合によっては出来ないことがあるならば、保護者はどんな場合でも出来るようになるまで例えば遠くからでも見守るなりする方がいいのではないでしょうか。

これは世間に対して迷惑がかかることを過剰に気にするがゆえではなく、本人のためにも必要なことではないかなと思います。

ルール(社会ルールも含む)が守れないと、周囲の人に「何この子(人)」と思われるかもしれません。

障害者に対して「何をされても我慢するしかない存在」と言う認識を世間一般の人に持たれてしまうかもしれません。

それはイコール障害者の生きにくさに繋がると思うのです。

軽度・中度の方なら一人での外出も確かに可能かもしれません、ですが、それが周囲の人の「好意」や「我慢」があって始めて成立するものなら、それは果たして「自力」と言えるのでしょうか。

もちろんご本人の生活に関しての判断は親御さんに託されるので、親御さんのお気持ちが一番だとは思います。

傍で見ているだけの者がどうこう言っても思っても仕方のないことだけれど、同じ障害者の親だからこそ、ルールを守れない子(人)を見ると、なんとも切ない気持ちになってしまいます。

せっかくノーマライゼーションの理念が少しずつ広がって来ているというのに、障害者=何をされてもしていても我慢しなければいけない存在、になってしまっては、せっかくの理念が間違って解釈されかねません。

ノーマライゼーション=障がい者と健常者が分け隔てなく普通に共存できる社会を目指すのなら、世間の理解をただ求めるのではなく、こちら側も健常者側の常識を尊重し、それに合わせる努力も必要なのではないでしょうか。

難しい問題ではありますが、自分の子供が、障害者が、これからも生きて行きやすいよう、私達親も努力と勉強を重ねて行きたいと思います。


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プロフィール

みけこ#

Author:みけこ#
兵庫在住のアラフォー主婦です。家族は配偶者&大学生の長男とダウン症+重度知的障害の高校生の次男、猫2匹。仕事は介護職です。シンプルライフに憧れてます。よろしくお願いします。

■ホームヘルパー2級
■アロマテラピー検定1級
■FP技能士3級

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