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「悪口を言う人はニガテ」と公言する意味ってあるのかな

まるで夏のような暑さが続いていますね。

うちは山間部だからか、それでも朝晩は涼しく、窓を開けているといい風が入って来ます。

そして風に揺れるカーテンに夢中になるうちの次男。

次男は揺れるもの、回るものなどが大好きなんですよね。

猫か!と突っ込みたくなりますが、揺れるカーテンを見つめる次男の目はまるで何か素晴らしいものを見ているかのように陶然としていて、ちょっと羨ましくもなったり。

次男にはどんな風にこの世界は見えているのでしょう、私とは多分違う世界が広がっているであろう次男の視界が、キレイで素敵で楽しいものばかりでありますように、と願ってしまいます。

ちなみに本家本元の猫は・・・

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狭いところも好きです。

三毛猫IN長男のリュック、でした。




さて、片田珠美さんの「他人を攻撃せずにはいられない人」を読んで、昔自分が経験した出来事を思い出しました。



とある街中のカフェで友達3人で話している時、一人(以下Aさん)がある共通の友人にあまり嬉しくないことを言われたということを話し始めました。

その時もう一人の友人(以下Bさん)が突然「あ、私ここで○○を買おうと思ってたんだった。忘れちゃうといけないから今から買って来るね」と席を立ちました。

「わかった、いってらっしゃーい」と私とAさんは彼女を見送り、話を続けます。

Aさんが話していた共通の友人は、悪気はないんだろうけど少し言葉がきつくて、今回もその辛らつな言葉をどう受け止めたらいいやらな相談?と言うか、まぁ「こういうことがあったんだよ」という話でした。

私は終始「そうなんだ」「多分悪気があって言ったことじゃないと思うよ」みたいなことを言って、Aさんも「私もそう思う、でもちょっと嫌な気持ちになったから、話してみた」「話してすっきりした」と言ってその話は終わりました。

20分ほどでBさんも戻り、3人でまたしばらくお茶を飲んでから解散しました。

すると、別れてすぐBさんからメールが。

「さっきは急にいなくなってごめんね。私人の悪口は聞かないことにしてるから」

んん??意味がよくわからないので返信。

「悪口って?誰か言ってたっけ?」

それに対するBさんの返事。

「だってAさん、○○のこと悪く言おうとしてたでしょ?そんなの気配でわかるわ笑。私人の悪口言う人ってニガテなんだよね。」

・・・ふ~~~~ん。

なんだか私の心によくわからないモヤモヤが残りました。


そもそも悪口とは:どこからが悪口でどこまでが悪口じゃないの?



そもそも悪口って何でしょう。

どこからが悪口で、どこまでは悪口ではないのでしょう。

「昨日誰々さんにこんなこと言われて…」の後に続く言葉が問題なのかな、昨日誰々さんにこう言われた、まではただの状況説明、近況報告の類いですよね。

とりあえずその後に続く言葉で分類してみます。

「昨日誰々さんにこんなこと言われて…」

①「すごく悲しかった、嫌だった」

言われたことへの感想です、悪口ではないですよね。

②「すごく悲しかった、嫌だった、だからあの人嫌い」

こちらは感想プラス自分の意見でしょうか。

好き嫌いは個人の自由なので他人がどうこう言うことではないです。

もし、「だから、あなたもあの人のこと嫌いになってよね」な意図を聞いた側が感じて、そう言う気持ちの強要が嫌なら、「気持ちを押し付ける人は嫌い」と思うのも聞いた側の自由です。

ただその場合はその人が「悪口を言う人」だからじゃなく「気持ちを押し付ける人」だから、そうされることが自分は嫌な人だから、と言う理由であったことを忘れずに。

③「すごく悲しかった、嫌だった、あの人性格悪いよね」

これが悪口じゃないかな?

自分の意に沿わない対応を理由に相手の性格を「悪い」と決め付けてる。

自分が嫌な思いをしたことと、その人の性格は切り離して考えるべきだと私は思います。


悪口って③のように、個人的な理由によって「あの人は性格が悪い、意地悪だ」などと決めつけて初めて悪口としての体をなすように思えるのです。

でも、そこまで言う人ってそんなにいるかなあ?

私はほとんど③のような話を聞いたことはありません。


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「悪口を言う人はニガテ」と言っちゃうことの意味ってなんだろう



Aさんが話していたのは私が理解する限りでは「悪口」では全然なかったのだけれど、その前触れの段階で「悪口」と判断して聞かないことを決めたBさん。

確かに③のような「人の悪口」は良くないけれど、「私は悪口を言う人はニガテ」と言っちゃうことにどんな意味があるんだろう?

「悪口言う人はニガテ、悪口言うのはよくない」と言った所で、③のような発言をする人って自分が悪口を言ってる自覚は多分ない。

だからいくら「悪口はよくない」と言っても自分には関係ない話として流してしまうんじゃなかろうか。

そして、目の前で「悪口を言う人はニガテ」といわれて、なんとなく萎縮しちゃうのは普段「人の悪口は言わないようにしよう」と心がけている人だけな気がする。

状況説明や自分の気持ちを話しただけでも「悪口」認定されるかも知れない、それ以後自分はBさんの中で「悪口を言う人」に分類されるかも知れない。

だから必要以上に「悪口」を意識しちゃって、話すのが怖くなるような。

そうなるともうBさんとは心置きなく会話する、なんて不可能になってしまうような。

それがBさんの望みなのかな。

「悪口を言う人はニガテ」、そう公言することにどんなメリットがあるんだろうと考えてしまいました。


思うのは個人の自由、でも言っちゃうのは・・・



Aさんがしたような打ち明け話的な話は、相手を信頼しているからする・出来るものだと私は思います。

なので、相手が「自分を信頼してくれている人」と言う前提で話を聞けば、①や②の話を「悪口」とすることは出来ないのではないでしょうか。

何があろうと元気で強気で過ごせるほど人は強くないし、でもちょっと人に話せば気が晴れる程度には強くて逞しい。

せっかく人と人が出会って「友人」になったのだから、もう少し優しい気持ちで相手に向き合って上げればいいのにな。

自分を信頼してくれてる人の存在は、自分は「悪口を言う人はニガテ」な人間であるとアピールすることよりずっと大事だと私は思います。

悪口は良くないのはみんなわかってるし、特に強く自分がそう思ってるなら思っていればいい。

でも、それを公言することは、人を萎縮させることに繋がるだけじゃないのかな。

ならわざわざ「悪口を言う人はニガテ」と公言する意味なんてあるのかな。

私にはわかりません。

Bさんは結構昔からの友人で、彼女は常に「正しくある」ことを意識して生きているのが傍目でもわかって、それが私には痛々しく思えて、「正しくある」必要なんてあるのかな、Bさんは「Bさん」であるだけでいいのにな、と思っていました。

自分に厳しい人は他人にも厳しくなっちゃうのなら他人への目線が優しくなれば自分にも優しくなれるかも。

人がどうこう、より、自分が自分をどう扱うか、の方が重要ですもんね。






冒頭でご紹介した「他人を攻撃せずにはいられない人」と言う本の中では、「悪口を言う」どころじゃない他人へ攻撃性を示す人達の事例が記してあり、そういう人たちへの対処法は、逃げる・近寄らない・接しないなど、関わらないことが一番とされています。

「悪口を言う人」への対応もそれがいいんじゃないかなぁ?

わざわざ「ニガテ!」と公言するのではなく、「ニガテ」ならそっと距離を置けばいい。

それだけで十分じゃないかなと私は思います。

(職場の上司とかが相手だとそうも行かないでしょうが・・・てか上司相手に「私、人の悪口言う人ニガテなんで!」と言う方が難しいか笑。)


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プロフィール

みけこ#

Author:みけこ#
兵庫在住のアラフォー主婦です。家族は配偶者&大学生の長男とダウン症+重度知的障害の高校生の次男、猫2匹。仕事は介護職です。シンプルライフに憧れてます。よろしくお願いします。

■ホームヘルパー2級
■アロマテラピー検定1級
■FP技能士3級

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