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ドロップアウトって

気に入っていたけれど、丈が短くて、さすがにアラフィフになると着れないなぁ~なスカートを生地に使ってシュシュを作ってみた。


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直線縫いだけで作れる簡単ハンドメイドシュシュ。

細かいチェック柄ならアラフィフでも着けてて痛くないよね。

こういうセコい系ハンドメイド、めっちゃ好きやわ・・・笑。


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さて、昨日は母と一緒に葬儀場の見学に行って来た。

末期ガンを患う特養在住の父のため・・・なんやけど、この間ホスピス見に行って(過去記事→ホスピスの見学)、次は葬儀場・・・

なんかもう父の死を待ち構えてる感がすごいと思うのは私だけやろか・・・笑。

まぁでも準備しとくに越した事ないもんね!

舅の時なんて本当に急だったから、お葬式もバッタバタやったし!

見学させてもらった葬儀場は、舅の時にお世話になったところだったため、ざっと会場を見せてもらい、使用料の説明などを受けて終わった。

その後母とお茶を飲んで、それぞれの近況報告会。

母の最近の悩み事は初孫のAのことらしく、Aのことを延々心配していた。

Aは私にとっても初めの姪っ子で、私が高校生の時に生まれ今年29歳になる。

そして無職で未婚、実家暮らし。

「結婚はする気がない」

と本人が断言しているし、家が裕福だからお金にも困ってない。

なら、今のままでもいいじゃないか~と私とかは思ってしまうんだけど、Aの父、つまり私の兄は既に50代半ば。

今はAが親に面倒見てもらっている立場だけれど、10年もすればAの方が自分の親の介護をしなければならなくなる、それがかわいそうだ、と言うのが私の母の意見。

Aの親(兄夫婦)もそのことは分かっているようで、時々

「いつまでも結婚せえへんかったら、そのうち私らの介護せなあかんようになるで!」

と冗談めかして言うものの

「結婚相手の世話するくらいなら自分の親の世話した方がマシ!」

と返答。

ま、まぁ・・・自分の親以上に自分にとって重要と思える配偶者に全ての人が出会えるわけじゃないしな・・・。

だがしかし、うちの母にとっては「女は結婚して子供を生むことが幸せ」、古い世代に多い価値観や~。

でもって、これは多分うちの母独特なんだろうけど、女であっても「社会的地位の高い」職に就けばその限りにあらず、らしい。

ちなみに母の思う社会的地位の高い職業=教師、医師、弁護士などの士業、公務員などなど。

「あぁそう」としか言えないが笑。

要するに母曰く

「立派な仕事でもしてれば別に結婚せんでもええけど、せっかく大学も出てんのに、仕事もせえへんで家でブラブラして、あげく親の介護せなあかんなんて不幸以外の何物でもない」

のだ。

初孫やしねぇ・・・女の子やしねぇ・・・世間一般に言われる「幸せの形」から外れてることが受け入れられないのも無理はない・・・のかなぁ。


*************

さてさて、この間、ネットをうろうろしていて「ドロップアウト」と言う言葉と出会った。

「脱落」や「抜け出す」「没落」など、要するに「落ちこぼれ」と言う意味らしい。

特定の社会や集団から脱落する、落ちこぼれる、と言う使い方をよくするようだ。

学生時代から集団生活に馴染めず、卒業後は家を中心の生活に留まっている姪のAなんかも、このドロップアウト組に含まれるのかもしれない。

適応障害になったうちの配偶者もそうだ。

まぁ彼の場合は病気を発症するはるか前に、出世の打診を「しんどいからイヤ!」と断ってるので、出世コースとやらからはとっくにドロップアウトしてると言えるが・・・笑。

だけれども、こういう考え方も、「人生のレール」がある、と言う前提があってこそ生まれることで、でもそもそも人生にレールなんてあるんか?って話で。

人生にレールがあるとするならば、障がい者の親である私なんかもドロップアウト組なのだろう。

とりあえず「平均的な家庭」とやらからは外れてる。

でもでも、だからなんやねん?と思う。

視点はどこやねん?と思う。

だーいぶ前にネットの書き込みに

「障がい児なんて産んだら人生終わり」

と言うのがあって、私は反射的に

「それだけの事で終わってくれるほど、人生は甘いもんちゃうやろ」

と笑ってしまった。

何があったからどうなったからって人生は終わってくれるものじゃない。

何がどうなろうと残酷なまでに続いていくのが人生だ。

ならドロップアウトとはなんだ?

人生のレールから落ちこぼれる?陥落する?没落する?

そんなことありえない。

あるとすれば、その人の思い入れ、目標があるだけで、ドロップアウトとはそれが自分の人生のレールであると信じた人がうまくいかなかった際に感じる落胆が作った幻想で、普遍的なレールなど元々なく、ただそれぞれの人生があるだけではないのだろうか。

人生にレールがあると信じる人は信じていてもいいけれど、それから外れたと嘆くのは違うような。

人生にレールがあるとするならば、自分の足元に常にあるのがソレで、ソレは何がどうなろうと自分の下で生きていて。

どんな生き方をしようとレールを外れてなどなくて。

そんなこと気にせず自分の道を自信を持って歩けばいいんじゃないかなぁ。

なーんてことを考えた。

姪っ子Aは来年には30、心配するのは仕方ないけど、好きにさせてやればと母に言ったら、母は納得出来ない顔をしていた。

だって孫を思う祖母としての母の気持ちは純粋で暖かくそれはそれで尊くて。

人が育つのを黙って見守るということは、なんて難しい作業であろうと思う今日この頃である。



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プロフィール

みけこ#

Author:みけこ#
兵庫在住のアラフィフ主婦です。家族は配偶者&大学生の長男とダウン症+重度知的障害の20歳の次男、猫2匹。仕事は介護職です。シンプルライフに憧れてます。よろしくお願いします。

■ホームヘルパー2級
■アロマテラピー検定1級
■FP技能士3級

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