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時代の流れ

今日は育成会とは別のNPOの理事会に出席してきた。

この法人・・・個人的にはあまり好意を抱いていないので、終始口を開かないように気をつけた。

一度喋りだしたら色々言っちゃいそうやし・・・。

このNPOで理事をするのも後1年。

波風立てることなく去るのを目標として頑張ろうと思う。

会終了後、お腹が減ったし、でも一人だからサッ!と食べれるものを食べようと思い、なぜか市役所の食堂に行く事にした。


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こちらが日替わり定食のB。

殺風景でだだっ広い食堂は高校時代の食堂を彷彿とし、食事の内容もまさに高校の食堂だった・・・。

一回行ったし、もう行く事あらへんやろな・・・。

お値段は¥600と安めやったけど、あと¥200出したらインド人さんがいるカレー屋さんでランチ食べれた、と考えるとそれほどお得でもないように思えてしまった。


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さてさて話は変って。

先日の育成会の総会において、数々の来賓のみなさんが挨拶をして下さった。

市長さんや県議会議員さん、市の福祉担当の方などなど。

私は司会で、挨拶の合間合間に次の方のお名前をマイクで呼ばなければいけないため、お一人お一人の言葉を注意深く拝聴していた。

例えば、某市議会議員さんがこんなことを言っていた。

「今の時代、障がいのある方も地域で生活することを目指す流れが起きて久しく、育成会のみなさんもそのために日々尽力されておられると思いますが・・・云々」

そうやねん、そうやねん。

育成会=グループホームを作る組織ってくらい、グループホームの建設&運営は育成会にとって重要事項やねん。

そう思いながら聞いていた。

いつも障がい福祉に力を注いでくれている議員さんなだけに、挨拶も具体的な話が多く、とても興味深かった。

特に

「と言うわけで、グループホーム全盛の時代ではあるものの、重度の方はグループホームでは厳しい、と言う意見も出ており、重度の方に関しましては、施設への入所が望ましいのではないかと言う流れもあります」


と言及された時には、

「やっぱりなぁ~」

と心の中でうなずいた。

うちの次男は最重度知的障がいと診断されていて、前回の支援員さんとの面談で

「グループホームもいいですが、施設の方も視野にいれてみては・・・・?」

と言われた。

障害者施設は、何年か前に国が

「もう(国立の)施設は建てません」

宣言して以後、

「どうせ入れない」

ものとして、障害者の保護者の間でも話題に出ることさえほとんどなくなったのだが、最近はそうでもないらしい。

だが、よくよく考えてみると、これは当たり前のことなのかもしれない。

今、日本で一番人口が多いのは70歳前後=団塊の世代であろう。

そして次は私のような団塊ジュニア。

一番のボリュームゾーンである世代の人口が減れば、一気に色んな種類の席が空くのは健常者の世界だけではない。

でもって、障害者の寿命も延びていると言われてはいるが、重度に関しては重複障害者(複数の障がいを併せ持っている)の割合も高いため、私の個人的意見ではあるが、健常者並みの寿命を持っているとは考えにくい。

よって、健常者の世界より早い段階で世代交代が行われるのではないだろうか。

そうなると、施設入所者に多そうな私世代~団塊世代以下の方の席が今後どっと空く可能性が高い。

結果、「施設も意外と入れるみたいよ」と言う空気がどこからともなく沸いて来る。

と言うわけで、私がひねくれた人間だからか、施設の復活(?)の理由が「重度者にグループホームは厳しいから」と言うのは建前で、実は「既存の施設に空きが出つつあるから」重度者を施設に誘導する流れが出来ているのではないかと推測してしまう。

そうは言っても現代の重度障害者の親にとって、施設のハードルは高い。

やはり虐待などが心配だからだ。

グループホームでも虐待がないとはいえないが、育成会のグループホームは保護者が運営していることもあって、保護者目線で支援員が選ばれ、保護者の目が常に注がれているため、通常のグループホームよりは起こりにくいと思っている(思いたい、とも言える)。

そうそう、育成会の大部分を占める上の世代の方々(まさに団塊の世代)には、お世話になっている施設や作業所で虐待などがあっても

「まぁそういうこともあるよね」

的な受け止め方をしている人が意外に多く、びっくりした。

これはその方々が「措置制度」に慣れていて、「行くところ、(自分にかわって)お世話してくれるところがあるだけでありがたい」と言う立場にずっと身をおいてきたせいであろう。

なんせその前は「親が農作業している間、多動の子供は安全確保のため地面に掘った穴に入れられていた」ことさえある時代だったのだから、措置制度の普及は画期的且つ親にとっては救世主的意味合いも持っていたと思う。

だがしかし、現在の私達は「支援費制度」である。

福祉サービスは支援費を払って「買う」ものなのだ。

それが当たり前の時代なのだ。

よって、各種事業所と保護者は、適切な例えではないかも知れないが、サービスを提供する側とされる側と言うことになる。

「~なだけでありがたい」な気持ちの高齢保護者とはえらい違いだ。

そして、この辺の意識の違いが、同じ会で共に活動していく上で差しさわりを生むこともある。

個人主義が台頭している現在においても、いや、現在だからこそ、お互いの「個」を尊重し合い、その上で分かり合う工夫と努力がお互いに必要なんだろうなぁと思う今日この頃。

胃に穴開けずに役員任期を果たして終えられるだろうか、と少し不安にも思う。




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プロフィール

みけこ#

Author:みけこ#
兵庫在住のアラフィフ主婦です。家族は配偶者&大学生の長男とダウン症+重度知的障害の20歳の次男、猫2匹。仕事は介護職です。シンプルライフに憧れてます。よろしくお願いします。

■ホームヘルパー2級
■アロマテラピー検定1級
■FP技能士3級

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