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支配の挫折とか笑

今日は朝から配偶者の作業着をちょきちょき切ってました。


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別に日頃の不満が爆発して・・・とかではないよ。

うちの配偶者の作業着はしょっちゅう破れるため、私が日々つぎはぎにつぎはぎを重ねてます。

今日切ったのはつぎはぎ重ねすぎてさすがにもう処分やろう、なズボン。

捨てる作業着は比較的損傷の少ない部分を切って、新たなつぎはぎの材料にするのです。

作業着なんて破けたら捨てたらええやん?と私は思うんだけど、配偶者はかたくなに

「つぎはぎしてくれたらまだ使える!」

と言う。

いやでもさ

「つぎはぎしてくれたら」

じゃなくて

「つぎはぎしたら」

にはなんでならへんねんやろね。

そんなにつぎはぎがしたいなら自分がしたらええのに、作業着の寿命を延ばすことよりむしろ私にしてもらうことが重要にさえ思える。

これはあれか、「支配欲求を満たす」ってやつか?

と、以前読んだコラムを思い出した。


そのコラムはコチラ↓

前編→増加する「息子介護」~妻が何とかしてくれると思っていたら…

後編→男たちの「夫婦観」はなぜこんなにも変わらないのか


前編では、自分の親の介護についてそれまでに特に話し合うこともなく、「妻が何とかしてくれるはず」と根拠もなく思い続けてきた男性達が、実際は自身が介護を担わざるを得なくなったと言う現実をデータを通じて紹介されています。

そして後編では、親の介護をすることになった息子が、本当は既婚者でありながらも独身である振りをする事例を紹介し、男性にとって「自分の妻が自分の親の介護をしてくれない」ことを世間に知られるのは、自分にパートナーがいないと思われることより恥ずかしいからではないかと考察しています。

文中では、男性にとって異性のパートナー(妻や恋人)とは、自分でコントロール出来る=支配可能な存在であると言うことにも言及されていて、なんだかとても興味深かったです。

妻は自分の思い通りになるはず。

自分の親の介護だって当たり前にやってくれるはず。

そんな予想が外れた時、男性は

支配の挫折

を味わうことになり、耐え難い苦痛に陥るそうな。

もちろんそんな男性ばかりではないのだろうが、「あぁなるほどなぁ」と思わなくもない。

長年に渡り女性は家庭の「ケア労働」を担ってきて、それが今、社会状況云々の理由から見直され始めているが、それがなかなか思うようにいかないのは、女性が「ケア労働をする・しない」ではなく、女性が「自分の言う通りにケア労働に従事してくれない」事態に耐えられない男性側の問題もあるのかもしれない。

なんかもうあれですねぇ。

そんなに支配したいんか?!って思う。

支配できてないと思うと耐えられないとか、、、すごく面倒くさい。

たまーに人の評価=自分の価値だと思い込んで、何かある度大騒ぎする人がいるけれど、そういう人の話につき合わされてる時に似た脱力感が沸いてくる。

支配できるとかできないとか、そんなに大事なことなんやろか。

てか、

人の手を煩わせなければ保てない自我など崩壊してしまえ


と思ってしまう私は意地悪なんやろか。

自分を保つのに他者を絡めてしまう人は生きるのがしんどそう。

いい大人なら、自分は自分で誰になんと言われようとどう扱われようとドーン!と構えようや、みたいな。

その方が楽やんねぇ。



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ということでつぎはぎです。

切った作業着の切れ端は四辺を折ってアイロンをかけ、次のつぎはぎ作業に備えます。

作業着は毎日煮洗いもしています(煮洗いの後洗濯機)。

・・・ほんま面倒くさいわ。

手間かけすぎて時間かけすぎて、配偶者よりむしろ私の方が作業着に愛着を感じ、捨てる時は胸が痛むよピギャー。



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プロフィール

みけこ#

Author:みけこ#
兵庫在住のアラフィフ主婦です。家族は配偶者&大学生の長男とダウン症+重度知的障害の20歳の次男、猫2匹。仕事は介護職です。シンプルライフに憧れてます。よろしくお願いします。

■ホームヘルパー2級
■アロマテラピー検定1級
■FP技能士3級

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