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「変らないこと」も大切なこと

今日も次男が帰る前にウォーキングに行って来ました。

私が自由になる時間は次男が作業所に行く午前9時から、帰宅する午後3時くらいまでです。

普通の小学校にお子さんが通ってる方と同じ生活でしょうか。

次男が特別支援学校に行っていた頃は、学校終了後は児童デイを利用していたから、私の自由時間は朝8時~夕方5時くらいまででした。

なので現在は自由時間が大幅に減っているんだけど、元々私は次男には家にいてほしい方なので今の生活は以前より楽です。

児童デイは・・・次男本人が大好きだったので親の私が泣く泣く行かせてた感じでした(涙。

本人が行きたいなら仕方ないよね・・><みたいな。

喋れる子なら多分私の考えも違ってたんだろうけど、喋れない子が長時間自分の側にいない=赤の他人と過ごしているって全く心安らぎません。

帰宅まで窓際でそわそわしてしまいます。

こんなこと言ってるから他の人に「みけこ#さんは子離れが大変そうね」と言われるのでしょう。。。

だがしかし、重度障がいのある子を持つ親に「子離れ」って必要なのかなと思うこともあります。

共依存はよくないとか子どもには子どもの人生がとか言うけれど、常時見守りが必要な次男に親抜きで「自分の人生」を持つ事など果たして可能なのだろうか。

一般的に「これはよくない」「こうあるべきだ」とされているものなんて、所詮多数派向けの「努力義務」みたいなもんで、それを間に受けてそれぞれの状況に関わらず自分に当てはめるなんてむしろ危険ではなかろうか。

まぁあれだ、散々「お母さんなんだから」の呪縛を受けながら子育てをして来て、ある程度子どもが大きくなった途端世間から浴びせられる「子離れしなきゃ」な言葉への反発もあるのかもしれない。

そして「私が離れたら誰が次男の世話してくれるの?」的現実的な疑問も。

一人ひとりに自分の人生がある、どんな人間にも自由に生きる権利があるなんてのはそれこそキレイゴトで、そんなことを真顔で言える人といかに物理的・心理的距離を保つかも「楽に生きる」を目指ざす上で課題かも知れません。

なーんてことを考えながら出発しました、いつものウォーキングコース☆


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途中に生えてる街路樹?

これは白い椿でしょうか、樹木に詳しくなくてすみません。

いや、椿ってこんなでかかったっけ?画像じゃ分かりませんが高さは2メートルは超えてます。

すごくきれいなので、いつか写真を撮ってみたいと思っていたんです、花が散る前に。

花と言うのは実や種が出来る前に作られる草木の成長段階の一つであって、きれいである必要などないと私は思うんです。

なのに花はきれいで。

人間が勝手に「きれい」と思い評しているだけだけれど、必要もないのに美しくあってくれることに時折無性に感謝したくなります。


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こちらもいつもの風景。

だけれども、時間帯や季節によって微妙に違ってて、それに「今の自分」が気づけるかどうかを確かめる作業も私のウォーキングの楽しみの一つです。


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今日は誰も人がいませんでした。

この広場はご近所のお年寄りの憩いの場にもなっているようで、思わぬところ(木の陰とか柱みたいなのの後ろとか)におじいちゃんとかがいて度肝を抜かれることがあります、「うぉぉ?!」みたいな。


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花壇一面のマリーゴールド。

オレンジ色の絨毯のようですね。


*************


そう言えばここ数年ウォーキングコースを変えていません。

平均40分、同じコースを歩きます。

私が元々「新しいもの」を求める気持ちが少ないこともあるけれど、「変わらないこと」を繰り返す事で安心感を抱きたいというのも理由だと思う。

女性って常に変化に対応することが求められる性だと思うんです。

結婚すれば姓は変わるしたいてい住む所も変って職が変ることも男性よりは多くて、子どもを妊娠すれば体質さえ変って、生まれたら生活リズムが変って、子どもの成長に合わせて配偶者の状態に合わせてその時々の状況に合わせて・・・その繰り返しが女性の一生である場合が多いような。

私自身もここ1年だけでも親がボケたり配偶者が精神疾患になったりと、「自分以外のこと」への対応を迫られました。

そういう「他者の変化への対応」(自分への対応は当たり前のことなので)に追われる日々を送っているからこそ、暮らしの中の「変らないもの」を大切にして、継続することが重要じゃないかと私は思います。

周りに振り回されるのではなく、しっかり対応しつつ、自分の芯は守る。

人生折り返し地点を過ぎ、無意識にしていたことが実は自分の心の安定に必要不可欠な要素だったことにようやく気づけるようになったように思います。





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今日は余り野菜でスープを作りました。


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余り野菜を煮込んで味付けは鶏がらスープと塩コショウ。


真ん中の緑色のはブロッコリーの芯です。

薄く切ればやわらかくおいしくなりますよ。

最近食材の廃棄が気になるようになって来ました。

普段から冷凍を駆使して食材をムダにしないよう心がけてはいるんですが、ふと「今捨てているものは本当に食材として適していないものなのだろうか」と思いつきまして。

大根の皮やブロッコリーの芯、しいたけの軸などをおいしく食べるための試行錯誤を繰り返しております。

世界には飢えている人もいるのに、一方で食べられるものを廃棄しているっておかしなことです。

私はペットショップでの生体販売に反対しているんですが、それも同じ理屈です。

毎年何万匹の犬や猫が殺処分されている一方で、人間の手によって繁殖もなされている。

同じ命なのに一方は殺され一方は量産される。

これは本当におかしいことです。

このような理にかなわないことがある現実を忘れないためにも、今料理を作りながら、果たしてこれは廃棄していいものなのかどうか、自分に問いかける作業を課すことを習慣にしていきたいと思います。



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プロフィール

みけこ#

Author:みけこ#
兵庫在住のアラフォー主婦です。家族は配偶者&大学生の長男とダウン症+重度知的障害の19歳の次男、猫2匹。仕事は介護職です。シンプルライフに憧れてます。よろしくお願いします。

■ホームヘルパー2級
■アロマテラピー検定1級
■FP技能士3級

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