記事一覧

ちょっとショックだったこと(愚痴です笑)

昨夜(金曜日)、仕事から帰って来た配偶者が言いました。

「明日出勤で、朝6時には家出るから」

土曜日の休日出勤は毎度のことだけど、6時に家出る・・・?

いつもは6時半なのに・・・?

30分しか変わらないけど、朝の、しかも土曜日の30分は大きい!

結果、私は土曜日に、5時に起きる羽目になりました、ぴぎゃー。


0526.jpg


本日の配偶者弁当。

・・・何が悲しくて土曜日の朝5時からほうれん草茹でなあかんねん。

あぁ温泉でも行きたい笑。


スポンサーリンク





さてさて、この間ちょっとショックなことがありました。

私は今育成会の副理事をしていて、その立場上色んな方とお話したり色んな所でお話を聞いたりします。

それらの任務を遂行している間は、もちろん色んな話も耳にするわけで。。。

某障がい者用グループホームを経営している方々の雑談が耳に入った折。

「入居者は支援区分ギリギリ5がいいよね、6だと余計に人員配置しなきゃだし」

「そうそう、5まではいいのに6になると加配みたいなのつけなきゃだもんねぇ」

「5で、しかも言葉での指示が通るのがいいわ~」

「うんうん」


・・・・え。

6が5より更に手厚い支援が必要なのはわかるし、付く人も多くなるのもわかるけど、その分入ってくる支援費も多いわけだから、事業所的にはそれはそれで良いと思ってた。

だけれども、人手不足がデフォの介護業界、余計な人員をつけること自体が例え余計に支援費が入ってくるとしても事業所にとっては負担と言われるのですね。

もちろん公に言われた言葉ではなく、ただの雑談なのでそれをどうこう言うのはフェアではないけれど、本音はこの辺に隠されているものです。

うちの次男もゆくゆくはグループホームへの入居を選択肢の一つに考えていました。

なのでこういうお話を聞くと何とも言えない気持ちになります。

誤解されている方もいるかも知れませんが、重度=軽・中度より手厚い支援を受けている、訳ではありません。

これが高齢者用の介護保険との違いです。

介護保険は本人の介護度に応じて使えるサービスが決まるため、より重い人が手厚い介護を受けることが出来ます。

ですが、支援費制度の障害福祉の世界においては、使えるサービスというのは本人の状態には関係ありません。

必要度に応じて、決められるのです。

例えばお子さんが軽度であっても、ご家庭の事情で早期より必要なだけ支援サービスを使うことも可能です。

そして、うちのように子供が重度の場合は、知的な面だけではなく身体的にも不安を抱えているケースが珍しくなく、そうなるとどうしても福祉サービスの利用開始が遅くなるため、むしろ軽・中度の方の方がより多く長くサービスを利用することになっていると思います。

でもって、サービス事業所にとってそういう軽・中度の方の方が「長年のお得意さん」的になり、加えて介護業界は慢性的な人手不足のため、重度の子が成長し、そろそろサービスを使おうと思ってもヘルパーさんがいなくて使えない、と言うこともあります。

ついでに言うと、早期療育施設及び特別支援学校でも重度だからと言って手厚い支援が受けられるとは限りません。

療育施設や学校で手厚い支援が受けられるのは、重度ではなく「情緒が不安定な子」です。

知的な遅れどうこうに関係なく、パニックを起こしたり多動自傷他傷等のある子により多くの先生が付きます。

生まれてからずーっと重度であっても、情緒的に安定し、激しい行動が取れるほどの身体能力のないうちの次男のようなタイプは、親から見ると「放置されている」と受け取ってしまうほどの体制に甘んじるしかありません。

むかーし昔、次男と療育施設に通っていた頃、こんなことがありました。

基本母子通園(今は保護者同伴通園?か何かに名称が変わってます)のその施設にて、子供の世話や療育は主に親が行っていました。

ダウン症独特の筋肉の低緊張の影響か、座位が取れない息子を、自分の手だけじゃなく足も使って姿勢を安定させ、四苦八苦しながら給食を食べさせていると、目の前には中度発達障害のお子さんが先生の手から給食を食べる姿。

お母さんは横にぺたんと座って何やら日々の苦労話を先生にしています。

先生は多動傾向のあるそのお子さんを何とか落ち着かせようとしながら、顔や体を蹴られたり叩かれたりしながら食事を食べさせようと努力しておられました。

その様子に「先生大変そうだなぁ」と言う思いと共に、何とも言いがたいモヤモヤしたものが胸にこみ上げて来ました。

言葉も喋れて、運動能力も発達していて、計算さえ出来るそのお子さんを、お母さんは二言目には「うちの○○は賢いから」と言う。

なのに今、より手厚い支援を受けているのはそのお子さん。

障害区分とは一体何のためにあるのだろう。

障害の重さに応じて支援の量が決まるのではないとしたら、本人の障害の重さを数値で表現することに何の意味があるんだろう。

もちろん「重度の人の方が福祉手当多いでしょ」と言う意見もあると思います。

ですが、B1とAの違いなど、そう多額ではありません。

むしろ、幼い頃から支援サービスを使いしっかり共働きが出来ている方の方が自分の時間的(仕事も自分の意思で就いているものなので自分の時間に含めます)にも経済的にも余裕があるのではないかなと私は思うのです。

私は仕事は在宅でしたり時間の融通の利く介護職に就いたりして来ました。

子供の状態(時には親も)に何か異変があった時のため、いつでも自分は自由に動けるよう配偶者の給料だけでやりくりするべくお金の勉強もしました、結果FP3級を取りました。

それら工夫に対する報酬がB1とAの差額分ということになるのでしょうか。

だとしたら今の支援サービス受給量は「正常」で「普通」で、それに対して私が抱いているモヤモヤこそが「異常」で「特殊」なのでしょうか。

もちろん重度のお子さんの親御さんでもしっかり共働きされている方もおられますので、あくまで私の周辺の「お話」として受け取って下さい。

なんだかもう何が言いたいのかよくわからなくなってますが笑。

要するに、障害福祉の世界において、「ご本人の状態に応じて必要な支援を提供する」と言うのが単なる努力規定となっていること。

本人の状態なんて関係なく、親の考え方や望むライフスタイルに合わせての支援しか受けられないなら、区分認定作業など不要である。

と言うことが言いたいのです。

軽・中度の方を批判する気も毛頭ありません。

あくまで「制度」のありかたが納得出来ないのです。

重度は手がかかるから親が最期まで面倒見るのが当然ですか?

それならそうと明言して下さい。

6は人員配置が大変だから快く受け入れられるのは5までです、とパンフレットに書いてください。

それをしてもらえればこちらもその覚悟で生きます。

「ご本人の状態に応じた支援」など、私達は提供してもらったことがありません。

とにかく人様にご迷惑をおかけすることがないよう、常に家族かヘルパーさんが見守りにつく体制を作り、この世の片隅でひっそり生きて来たつもりですが、人生の最期にお世話になるであろうグループホームにおいても、重度であることを理由に敬遠されることがある。

その事実がとにかくショックでありました。



~参加中~
クリックして頂けると嬉しいです☆










スポンサーリンク

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

みけこ#

Author:みけこ#
兵庫在住のアラフォー主婦です。家族は配偶者&大学生の長男とダウン症+重度知的障害の19歳の次男、猫2匹。仕事は介護職です。シンプルライフに憧れてます。よろしくお願いします。

■ホームヘルパー2級
■アロマテラピー検定1級
■FP技能士3級

スポンサーリンク

  

アンケートモニター登録

ブロとも申請フォーム

~参加中~

応援して頂けると嬉しいです