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「家事の中で何が一番好きですか?」

先日、美容院に行った時、いつも担当してくれるスタイリストさんに「家事の中で何が一番好きですか?」と聞かれた。

改まってそんなことを聞かれたことがない私は、しばらく考え込んでしまった。

多分一日のうちで一番労力を注いでいるのは料理であろう。


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だが、料理が「好きか」と聞かれたら、実はそうではない。

何故なら料理は「しなければならないこと」だからだ。

朝、昼、夜と、自分が料理をしなければ、どこかに食べに行くか、何かを買ってこなければならない。

それもたまになら良いが、毎日となると栄養の偏りが気になるし、そもそもそんな経済力は我が家にはない。

結果、毎日台所に立ち、料理をすることになっているだけだ。

冷蔵庫の中身と相談し、献立を考え、調理し、家族に提供する。

その工程を私は「好き」だろうか。

考えた結果は「そこまで好きじゃないかも」であった。

確かに上手に料理が出来た時は嬉しい。

出来た料理を家族に喜んでもらえれば、やりがいも幸せも感じる。

だけれども、それが「しなければならないこと」である時点で、「好き」のハードルが上がる気がする。

いわゆる料理研究家さんなど「料理」を職業にしていたり、趣味にしている方々とは、そもそも「料理」との向き合い方が違うのだ。

「好き」と言うにはある程度の情熱が必要だ。

そして、自分が選択した行動ではなく、「しなければならないこと」に情熱を注げる人はそんなに多くないと思う。

私もその一人だ。

私にとっての「料理」は、「好き」よりも、義務や責任感と結びついている。

それは「好き」とは異なる原理に基づく行動である。

ならば、私にとって好きな家事とはなんだろう?

息子二人に工場勤務の配偶者がいる我が家において、一日洗濯をしなければ汚れた衣類に洗面所が支配される。

よって洗濯も重要な家事の一つだ。

ゆえに洗濯も「しなければならないこと」に分類される。

晴れた日に綺麗に洗いあがった洗濯物を干すのは気持ちが良いし、綺麗に洗い上げるため衣服の種類によって洗剤を変えたり工夫をしているから「好き」の領域に少しは近づいているかも知れないが、それでもそれらが義務や責任感の影響を受けていないとは言いにくい。

では掃除はどうだろう?

掃除はそういえば、一番うるさいのが私だ。

1日2日掃除をしなくても、配偶者も息子も猫達も何も言わないし、多分困ってもいない。

彼らにとっては、床に紙くずが落ちていようが猫の毛がくるくると飛び回っていようが、さほど重要ではないのだ。

それよりも今日着ていくものが洗濯された状態でタンスに入っているかとか、決まった時間にご飯がある程度の品数を確保した状態で目の前に揃っているかとかの方がずっと大切なのだ。

だけれども私は毎日掃除をする。

床に物が落ちているのを見るのは嫌だから片付けもする。

人が生活する空間は日々散らかり汚れるものであるから、片付けても掃除してもどうせすぐに元通りになる。

それがわかった上で毎日掃除や片づけをする。

しなくても誰も困らない、だけれども自分がやりたいからやる。

これぞ「好き」の領域ではないだろうか。

ここまで考えて、やっと私はスタイリストさんの問いに答えた。

「ん~、多分掃除かな?」

するとスタイリストさんはこう言った。

「私もそうなんです!料理は食べたらおしまいだし、洗濯は洗濯機がやるから自分がやった感少ないですもんね。その点掃除は一度気合入れてやったらしばらく成果を楽しめます」

なるほど、そう言えばそうだ。

一人暮らしの彼女と、4人プラス猫2匹の我が家では「しばらく」の時間にだいぶ差がありそうだが、確かに口に入れて咀嚼し飲み込めば消える料理よりは、ずっと長くその成果を実感できる。

洗濯は洗濯機が・・・洗濯して干して取り込んで、物によってはアイロンかけて、それぞれのタンスにしまうとこまでやってくれたらいいなぁとちょっと思うが。

若いスタイリストさんと考え方が違うのは当たり前のことだから、理由は微妙に違えど家事の中で一番好きなものが同じと言う事実に少し驚いた。



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帰宅後、スマホのネットニュースを何とはなく眺めていると、「名もなき家事」と言う言葉が目を引いた。

「名もなき家事」とは、料理や掃除、洗濯などのように「名前」を持たない家事のことで、シャンプーを詰め替えたり、トイレットペーパーを補充する、などのことを言うそうだ。

記事にはそれら「名もなき家事」が、イクメンを自称する夫にさえ見えていない、それらを妻が一手に担っていることがワンオペ育児に繋がっている、と書かれていた。

確かにうちの配偶者も「洗濯を干す」や「掃除機をかける」は言えばやってくれるが、「落ちているものを拾ってゴミ箱に捨てる」とか「ソファカバーがずれていたら直す」とかはほぼしない。

見て見ぬふりをしているのではなく、多分本当に「気づかない」のだ。

同じ風景を見て「気づく」人と「気づかない」人、負担が「気づく」人に偏ってしまうのも無理はない。

これらは恐らく脳やこれまでの生育環境に起因する差であると思われる。

「気づかない」なら教えてあげればいいだけのように思うが、「気づく」人は気づいてしまうゆえに、延々名もなき家事に追われ、そんな余裕を持つことが出来ない。

見ればわかるでしょ?なんで見えてるはずなのにやらないの?

そう思ってしまうことが妻のモヤモヤを生み出すのであろう。

我が家でも、日々の料理、掃除、洗濯その他は私が担い、配偶者には時々こちらから言って「新聞紙をまとめる」「玄関の自分の物を片付ける」などしてもらう程度だ。

それでもまぁしないよりは良いかと思い、その出来栄えに関しての批判はしない。

何かを依頼する時も「そっちにある醤油を取って」ではなく、「こちらに向かって目線の高さの右側にある醤油を取って」など、より具体的に説明する。

これは別に配偶者を馬鹿にしているわけではなく、彼の特徴を受け入れた上で生み出した方法なのである。

これまで数知れず「そっちのアレ取って」「ない!」「ないわけないでしょ」「ないもんはない!」「・・・ないんじゃなくて見つけられないだけでしょ!」と言うやり取りを繰り返した結果でもある。

世の中働き方改革に絡んで夫婦の家事・育児の分担について考える企画や記事が増えて来た。

家事と言うのはこれまで軽視されがちであったが、誰かがしなければ家が回らなくなる実はかなり重要なものだ。

「しなければならない」と割り切ることもある程度大切だが、それぞれの家庭に合った「分担」を作り出し、お互いの特性を理解し合う事、それが家事分担をめぐる不公平感をなくすための第一歩かも知れない。



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プロフィール

みけこ#

Author:みけこ#
兵庫在住のアラフォー主婦です。家族は配偶者&大学生の長男とダウン症+重度知的障害の高校生の次男、猫2匹。仕事は介護職です。シンプルライフに憧れてます。よろしくお願いします。

■ホームヘルパー2級
■アロマテラピー検定1級
■FP技能士3級

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