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感情を使う頻度をコントロールするという発想

私は次男を毎朝スクールバスのバス停まで送っているのですが、その道中にこういう所があります。

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雑草だらけの空き地?を囲ったフェンスなのだけれど、ところどころ錆びてたり壊れてたりして決して子供に触らせたいものではありませぬ。

ですが、うちの次男はこれを毎朝叩くのが日課。

特別支援学校に通いだした小学部の当初は、それこそバンバン大音響で何度も叩いていました。

場所は地域の小学校の通学路でもあり、周囲は小学生だらけ。

鳴り響く大音響に身の縮む思いがしたけれど、無理やり止めようとすると次男もムキになって座り込みが始まるため、

人差し指を一本立てて「一回だけね」

と言い、出来なかったら

両手の人差し指を使って×印を作り「ダメです」

それをくる日もくる日も繰り返しました。

その結果、少しずつ叩く回数は減り、高等部の現在は「叩くのは1回だけ」が出来るようになりました。

・・・10年近くかかったかな。

もちろん、「出来るようになった」ら何もリアクションがもらえないのでは筋が通らない?ので、「1回だけ」が出来たら毎回「えらいね!すごいね!」と拍手します。

そして、これも毎朝やってます・・・。

傍から見たらほぼ私の一人芝居で、もしかしたら「ちょっとおかしいお母さん」認定されてるかもだけど、必要があってやってることだから人目は気にしない。

バンバン大音響出されるよりは、おかしなおばさんが道の片隅で一人芝居してる方が世間様にとってもマシだと思うし。

(まぁ周囲の小学生もバンバンやってるから気にすることないと言ってくれる人もいたけれど、うるさいのはやっぱダメだと思う)

というか、こういうのは日常生活で他にもたくさんあって、それを毎日欠かさずやっていることに、「よく疲れないなぁ」と我ながらびっくりする。

多分私はあれです、こういうことを機械的に、感情を使わずやってるんだろうなぁ。

だからルーティンとしてこなすことが出来る。

そういうのって一般的な母親像としては多分あんまり良くなくて、お母さんたるもの、子供と日々心から向き合い・・・みたいなのが理想なんだと思う。

でもねー、障害のある子の子育てって長いよ?

例えば、よくオムツの取れない子を持つお母さんへの慰めとして「大丈夫、二十歳までオムツしてる子はいないから!」というのがあるけれど、私は既に18年以上息子のオムツ代えてます

そしてそれは今後も続くでしょう。

どうせ一般的な話は自分の子育てには当てはまらない、ならいっそそんなもん無視して継続できる息子との向き合い方を模索する方が現実的。

別に意識してそう考えてたわけではないけれど、自然とそういう方向で日々を過ごすようになっていたのかもしれません。


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朝の息子の困った習慣と言えば、他に「靴を履く前に必ず床に何度か叩きつける」と言うのもあります。

これは・・・まぁそのまんまですね。

靴を履く前、自分が履く靴や人の靴など手の届く靴を床に叩きつけます。

だけど、「うるさい」レベルの音を出すのは家の玄関でだけで、それ以外の場所では床に落としはするけれど、軽いし、落とす数も少ない。

きっと、息子にとって靴を床に落とすと言う行為は靴を履く前の儀式のようなもので、それをしなければ靴を履いてはいけない的な思いを持っているのでしょう。

そして、難聴もあるので、自宅の玄関のように「自分の場所」ではつい大きな音を出し、儀式をしている実感を得たくなる?

実際どうなのかはわかりませんが。。。

こういう場面で「何故だろう?」と考えてしまう人が多いように思いますが、私はむしろ考えません。

なんか理由はあるんだろうな、程度で止めます。

だって考えてもわかんないもん。

考えたってわからないことは考えない。

謎だらけの子供の言動の迷路に親もはまってしまっては誰も得しないように思うから。

それにしても毎朝の恒例行事な靴バンバン。

もうだいぶ慣れたけれど、時間がない時にされるとこめかみの血管が浮きそうになることも。

そういう時は、音は我慢するとして、視覚を遮断する。

目の焦点をぼかしたり、いっそ目をつぶったり。

見ないで「靴履くよ~」と声かけだけする。

これも多分感情使ってないですね。

そしてこれまた「母親とはこうあるべき」派の人には批判されそう。

でもねー、次男を育てる上で私が思いついた座右の銘?は


感情的になるくらいなら無心になれです。


感情的になってヒステリックにわめくくらいなら目が死んでたっていつも穏やかに子供に接する母親である方を私は選びます

まぁどっちが良いとか悪いとかじゃなく、子供に関する全責任を負っている母親の好きにさせてくれい!な感じかな。

感情を使わないと疲れにくいです。

だから毎日続けられます。

調子のいい時は優しいママ、悪い時はちょっとしたことでイライラモード、これでは子供もかわいそうだし、親も自分の感情に振り回されて余計に疲れそう。

「しっかり子供と向き合う」のは大切だけれど、そこにほんの少し自分なりの工夫を加えるくらいじゃないと、自分が死ぬまで子供と向き合い続けなきゃいけない障害児ママはしんどいんじゃないかなと私は思います。


***********

いい大人の場合、感情のコントロールは出来て当たり前。

なら「障害のある子」を持つ親は、そこから一歩進んで「感情を使う頻度をコントロールする」と言う発想はどうでしょう?

子供のこだわりが発露する場面では、親の感情ってむしろない方がお互いにとっていいことも。

子供はパニック、親はヒステリック、とかもう地獄絵図でしょ笑。

いいお母さんだと世間に評価されることより、自分が楽な方法を見つけて子供と良い関係を築く方が大切。

もちろん、障害を持つわが子が社会で生きていくために、人様に迷惑をかけないよう注意することはとても重要です。

シチュエーションや自分の体調、気分によって対応を変えることなく(子供が混乱するから)、どんな時でも守らなければいけない一線は守りましょう。

だけど、それ以外のことでは、子供のこだわりとも自分なりの工夫を持って関わり、お互いにとって楽な状態を保つことも大切なんじゃないかなと思う今日この頃です。



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みけこ#

Author:みけこ#
兵庫在住のアラフォー主婦です。家族は配偶者&大学生の長男とダウン症+重度知的障害の高校生の次男、猫2匹。仕事は介護職です。シンプルライフに憧れてます。よろしくお願いします。

■ホームヘルパー2級
■アロマテラピー検定1級
■FP技能士3級

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